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Ferrari F355 355F1【なぜ、最新のクルマではなく、ネオ・クラシックに拘るのか?】

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首記の答えは、「改良する余地が残されているクルマだから」です。

なぜなら、この改良する余地が無くなってしまったら、クルマを所有するオーナーは、何もやることがなくなってしまうからです。

何もやることがなくなってしまうとどうなるか?

そのクルマを持つ事に価値が見い出されなくなり、人は先々の楽しみを見失ってしまいます。

更には、共存する理由が無くなり、最後には手放してしまっている事でしょう。

特に、趣味性の高いスポーツカーは、クルマの楽しみに趣を置いて所有しているケースがほとんどで有ることから、エンターテイメントが発掘されなければ、心が離れてしまい、売却または買い替えに至ってしまいます。

最新のクルマは、優等生過ぎてしまって、ドライビングする時、誰でも速く、快適に、安心して走る事が出来ます。

技術屋の端くれの視点で観れば、走行性能に関わる技術は、大変興味があることも事実です。

一方で、買う側の視点で観れば、パーフェクトに近い車であればあるほど、ドライビングするにしても、クルマをカスタムするにしても、人が手を加えられる領域がどんどん狭くなっている一方です。

ただ、このクルマを作ったメーカーが凄いと思わされるだけ。。

ある時、クルマの究極の楽しみ方って一体何なんだろう?

と考えさせられる時期が訪れます。

現代のクルマに物足りなさを感じている方は、沢山いらっしゃるでしょうが、その根本的な理由まで意識している方は、まだまだ少数なのではないでしょうか。

資金に余裕がある人、お金の都合がつけられる方は、クルマを買い替える事が出来るから、マンネリ化に陥らずに済み、そんな事を感じないで済んでいるかも知れません。

しかし、乗るクルマ自体に改良する余地、人間の操作や動きに託された余地が残されていないクルマを選んでいたとしたら、いつまで経っても着地ポイントが定まらず、終わらない買い物に留まる事でしょう。

それが果たして、幸せなカーライフなのでしょうか?

人と一台の個体のクルマとが、長期に渡り高い次元で共存出来る事が、幸せ且つ健全なカーライフと言えるのではないでしょうか?

今、それを叶えてくれるクルマの一つが、クラシック、ネオクラシックカーです。

今の時代に合ったネオクラシックフェラーリを発掘して、次の世代に託す事が、我々の楽しみ且つ使命である事を考えると、やりたい事が多すぎて、生きる楽しみが満ち溢れるほどです。

だからこそ、今、クラシック、ネオクラシックカーに拘るのです。

355の兄貴分のテスタロッサの解体ムービーを見つけました。

アマゾンプライムは、30日無料で見れてしまうんですよね!

ぜひ、ネオクラシックファンの方は、せっかくなので見てみて下さい。

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大林 寿行 View All

自動車部品メーカー2社を経て、現在、国内自動車メーカーのエンジニアに従事。主にクルマのエンジン耐久信頼性実験とその研究に携わる。研究においては、エンジン内部の要素研究に着手。自動車技術会、SAEへ研究論文を発表し、「ピストンピン打音発生時の潤滑挙動可視化」や「ディーゼル用スチールピストンの摩擦力と特性とスラップ振動の関係」などがある。また、「内燃機関のピストン構造」で特許を出願。しかし、順風満帆ではなく、うつ病を患うことになり、これからの仕事の仕方について真剣に向き合う。エンジニアからジャーナリストへの転身を見据え、「ジャーナリストへの道」のFacebook page、ブログを立ち上げ、執筆に向けて記事を更新中。成長社会から成熟社会的へ変わる中、社会的な悩みにフォーカスし、読書や実体験を通じて問題解決に至るテーマとコンテンツ、自ら仕事を開拓出来るような道筋を配信。心と身体の健全化を図り、誰もが本当の自分と幸せを手に入れられる時代のきっかけづくりを目指す。

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